コメント

(日付順)

中村敦夫

これは「観る映画」ではなく、「体験する映画」である。

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森達也

多くの人が笑っている。そして多くの人が泣いている。
観ながら辛い。自分は何もできないと豊田直巳監督は映画の中で泣く。それをスクリーンで眺める自分は何をできるのか。何をしていないのか。
考え悶え悩み続ける3時間45分だ。

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なかにし礼

まず、福島第一原発事故のすぐあとに福島に入り、線量を測り、カメラを回し始めた監督の先見性、感受性、行動力に驚かされました。
この作品はつくり手の恣意性を殺し、現地の生の言葉を伝えています。たとえば、映画の中のある若者の言葉「自分一人なら逃げて再生するのは可能。でもそれじゃ意味がないんだ」。この若者の言葉がすべて。われわれは彼らの生活を破壊して、幸せを享受しているのです。
「原発さえなければ」という声をもう聞きたくないんです。「上にまかせておけば何とかなる」と思うのではなく、ひとりひとりが目覚め、「日本はどこへ行くのか」を考えなければ。

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金聖雄 映画『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』監督 

長さなどみじんも感じませんでした。
演出もほとんど感じさせない演出に好感が持てました。
みなさんに観ていただきたいですね。
これから大変と思いますが素敵な出会いが沢山あることを祈ります。

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J.Oさん

4時間は根性いるなぁ・・・と思いながら、睡眠不足で向かった試写会場。
でも、まったく長いと感じずに映像の世界に引き込まれていました。
福島を撮った映像は山のように見てきたし、長谷川健一さんの写真集はたくさん売らせていただいたし、それでも引き込まれたのはなぜだろう?
まだうまく言葉にならないのですが、そこに描かれていたのは、切り取られた“事件”ではなく、“暮らし”や人間だったから?

丁寧に追うカメラは私自身の目となり、映画を見ているというより、自分もそこに“いる”ように感じられるかなかなと。
お2人の監督が「記録」とおっしゃってた意味がわかった気がしました。

ニュース等で知っていたことという意味では「既視」の内容でしたが、人や出来事にどうかかわるかということが表現だと思うので、そういう意味では撮る側(表現者側)の立ち位置も人間性(?)もよく見えて、共感しました。

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熊谷 正(日本写真家協会会員)

飯舘村の住民の声が見事に撮らえられた3時間45分、各家族の想いがひしひしと伝わってくる素晴らしい映画です。
映画のなかの監督の声と、観客の質問をしたい気持ちがリンクして、飽きることがない。原発事故、その後の苦難を知ってほしいと思います。

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木内みどりさん(女優)

ナレーション、音楽、テロップ説明、いっさいなし。
だから、事実がそのまま進行する。残念で悔しくてならない。
ひとつだけ夢を叶えてあげる、といわれたら。
ひと晩、この映画だけしか写らないようにして、
全国民に観てほしい。
そして、真っ暗闇で過ごしてほしい。
今は、緊急事態、非常時。
もう、気がつかなければ…。

映画二本分だけど、
¥ 2.500 前売り券10枚買いました。
宣伝に協力してください。観てください。

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H.Sさん

原発事故から今日までの「現場の生の声」が凝縮されていて、
映画に出られている方々の一つひとつの言葉が胸に突き刺さり、
この方たちを置き去りにして物事が進んではならないと強く感じました。
いま起きている現実を他人事とせず、きちんと向き合って行かなければならないと思います。
その上で、それぞれの立場において「何をするのか」を問われてと感じる映画でした。有り難うございました。

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津村和比古(カメラマン)

映画を見て、改めて福島で起きた未曾有の原発事故、その事から派生した理不尽な状況が、終結が全く見えないまま続いている現実(殆どは過去に起こった事象ではありますが)を目の当たりにしました。
その一つの典型が飯舘村であろうと思います。
震災直後からその地にカメラを据え、人々の営みや尊厳がどのように破壊されてきたかを丹念に記録し、風化しないよう、記憶に留めようとしてこの作品が完成したことに深く感銘を受けました。

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小西晴子 (So-net メディアエンターテインメント)

酪農家は、体を使い、生命を育み、その土地で生きている。
原発は、土地と家族を破壊し、生命を破壊した。
長谷川さんたちの立ちあがろうとする強さの源である土地への愛、家族の愛。
その根源を破壊する利便性という名の幻想は、私たちが生きていく源を破壊する
ことをこの映画が、伝えてくれています。
壁に書かれた「遺言」は、私たちへのメッセージであり託された言葉であると思います。

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桃井 和馬(写真家)

ドキュメンタリー映画「遺言~原発さえなければ~」を試写で見た。上映時間3時間45分。飯舘村を中心にした800日の記録。原発事故はまったく終わっていない。弱い者を踏みにじった経済発展?! 原発はいらない! 記憶されるべき必見の記録!それにしても、ガツンとくる作品でした。@momoikazuma on Twitter

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渡辺一枝(作家)

春の桜、梅雨時の雨の降り注ぐ山や林、夏草繁る原、そして雪景色。 美しい静かな山村。 その故郷を奪われた哀しみと憤りが、胸に突き刺さります。

「先人たちが守ってきた土地を、残念でならねぇ。  いろんな苦労して守ってきた土地を…  おらぁ、今気晴らしに飲んでっけど…」 涙も共に呑み込む姿に、悔しさがにじみ出ています。

牛舎で牛たちが飼い葉を食み、その傍らには猫が居て毛繕いをしたり、 搾った乳を与えられて飲んでいる。 軒には燕が巣の中の雛に餌を運んでいる。 牛が食む飼い葉は、飼料として育ててきた牧草もあるけれど、稲藁もある。 牛糞は、落ち葉と共に堆肥にして畑に蒔く。 いのちが共存して、いのちが循環してきた暮し。 その暮しが絶たれた先に待っていたものは…。

幾度となく通った飯舘の道では、春秋の彼岸の頃にも、夏のお盆の時期にも、 道から見えるお墓には、どの墓にもみな花が供えられていて、 人気の無い山里のなかで、そこだけが色鮮やかなのです。 この映画を見て、供えられた花の向こうに、 喪われた暮しがありありありと浮かびました。 「日本から、原発なくすべぇ!」

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